忘れないということ
何を恐れるか。

死はそれなりに怖いものだけれども、人は死そのものをそれほど恐れてはいないと思う。誰だって明日には死ぬかもしれないし、死が不可避だということを知っている。死をもって(命を呈して)何かを護るということもあるし、またそれが美談として語られたりもする・・・。そういった死そのものを、人はそんなに恐れてはいない。
人が死を恐れるのは、自らの存在と存在したという事実が忘れられるかもしれないという点にあるのだろうと思う。子供を作れば、子供が自らが存在した印を遺してくれる。墓を作れば、自らの存在した印が死後にも残る。名を成せば、多くの人が自らの存在を認識してくれる・・・。人は、記憶されるために生きているのかもしれない。
こうして考えると、人が人として人にできる最大のことは、認識し、記憶することなのだと思う。存在をそのまま認識し、その存在を記憶し続けること・・・。易しいようで、実に難しい。
学期末を迎え、学生が担当していた地域の児童にさよならを言うときが来た。学生は、彼らが担当した児童の現実を変えることのできないまま、ふつうの大学生としての日常に戻る。この現実に限界と罪悪感とを感じる学生が多く、罪悪感を感じないように指導をするのがこちらでの一般的なやり方・・・。
でも、こうした罪悪感は煽ったほうがいい。罪悪感を積極的に認識して、困難な現実を背負った児童とその現実を記憶しつづける。罪悪感にたいして不感症にするのではなく、感じたものを積極的に認識して記憶し続けることから、自分で考え、他者の問題を共有することのできる教員が育つとおもう。
一人ひとりを認識すること。そして一人ひとりを記憶すること。人が人にできる一番大切なことは、忘れないという意志とその実行だと思う。










