非日常を日常に。

スクールバスに乗り遅れた日が好きでした。
学校は香港島の山の上。自宅は九龍半島の奥。毎朝、自宅から15分ほど歩いた先のバス停から、スクールバスで学校に行っていました。当時は九龍半島と香港島をつなぐ自動車道は、海底トンネル1本だけでした。当然、毎朝大変な交通渋滞に巻き込まれ、学校に着く前にお弁当を食べれるのではないかと誰もがウキウキしていました。たいてい、定刻までには学校についてガッカリさせられましたが・・・。
そんなバスに乗り遅れた日は、両親に交通費を貰って学校に行きました。他の家の子は、バスに乗り遅れると、たいてい母親か運転手が運転する車で学校に来てましたが、うちはそういうことをしない家庭でした。

九龍半島と香港島を分断するビクトリアハーバーを渡るのには、バス、地下鉄、フェリーの3つの方法がありました。バスの乗継が悪かったので、地下鉄で香港島まで渡り、そこからバスで学校に行くのが最も早い方法でした。当時の子供料金で4ドル程度(当時のレートで160円)だったと思います。
地下鉄は、トンネルでビクトリアハーバーを越えると料金が1ドル50セント加算されました。フェリーはたったの20セント(8円)でした。ですから、子供時分の私は、九龍半島突端まで地下鉄に乗って、そこからフェリーで香港島にわたり、バスで学校に向かいました。

親からは交通費全額を貰っていましたので、浮いた1ドル30セントのなかから、50セント(20円)で甘ーい檸檬茶を買ってフェリーで飲むのが楽しみでした。ものの10分程度ですが、フェリーに揺られながらぐんぐんと近づいてくる香港中環の摩天楼群を望んで飲む檸檬茶の美味しいことといったら・・・。ねえ。
そして残りの80セントで、親からきつく禁止されていた買い食いをしました。臓物を煮たものや、香港焼きそば、カレー団子など・・・どれもが一つで20セント~50セント(8円~20円)。80セントも持っていれば十分でした。お小遣いを貰っている友人は5ドル(200円)でお店に入って炒餃麺などを食べて自慢していました。当時はうらやましく感じたものでしたが、屋台物には詳しくなりました。時々おなかを壊して、親を不審がらせたと思いますが、もう時効ですよね?
今年、香港に戻ってみると、フェリーは2ドル20セントになっていました(下層は1ドル70セント)。地下鉄で行けば早く直通でたいていの目的地に行くことができますが、今回も私はスターフェリーでトロトロとビクトリア湾を越えました。当然、片手には檸檬茶を持って。ちょっと寄り道をする感覚ですが、私には、この寄り道こそがしっかり計画されたバケーションよりもずっといいバケーションなのでした。
写真:(上)スターフェリー船内、(中)夕暮れのスターフェリー埠頭(九龍半島側)、(下)スターフェリーと香港島の夜景