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2007年06月 ARCHIVE

2007年06月01日

香港から

香港に帰ってきました。

From Home

    前回に来港したのが2001年でしたから、6年ぶりになります。香港は1年いないと、がらりと町並みが変わるような町です。6年もの時間を空けてみた香港は、想像に違わずあちらこちらで新しい町ができていました。

From My Home

    中環には山よりも高い世界交易センタービルが建ち、ビクトリア湾に面した海岸線はちょっとだけ狭くなっていました。新しく埋め立てた土地には新しい波止場ができていて、山側に一列にそびえたつビル群が、そこにあった海岸線を示していました。変化の激しさと、その勢いには驚かされました。

Home

    家の窓から撮った写真を何枚か貼ります。この湾を望んで育ちましたし、この湾を毎日超えて学校に行っていました。もう20年近く前のことです。


2007年06月06日

ミシガンに戻ってきました。

香港・シンガポール・日本から帰ってきました。

Star Ferry Pier

    昔は時差ぼけをすることがほとんどなかったのですが、ここ数年来は時差ぼけがきつくなってきました。昔よりも仕事や責任が増えたからかもしれませんし、単に年をとったのかもしれません。頭が常に寝起きの状態で、何をどうするべきか考えることも億劫という状態がしばらく続きました。今日になってやっとBLOGを書くことができる程度にまで回復しました。

View

    ただ、ミシガンに来てから5年目で発症した花粉症に悩まされています。近所で芝生を刈っていたりすると、涙とくしゃみが止まりません。これが夏の終わりまで続くのですが、困ったものです。窓を開けなければ暑いし、窓を開ければ涙とくしゃみが止まらない・・・。時差ぼけもそうですが、さっさと適応しなければね。

    さて、日本滞在中に連絡をとらなかった人が数人います。連絡を取らなかったのではなく、連絡先のメモを忘れていったために、連絡が取れなかったということをここで報告しておきます。悪気はないので、許してね。

2007年06月07日

香港(1)

尖沙咀、地下鉄駅の出口から上方を望む。

Tsim Sha Tsui

箱が積み重なったように見える。一つ一つが住居ユニットになっていて、それぞれが別々に改装したり増築したりしているので積み木のように見える。エアコンの室外機が煙突のように突き出ているのが面白い。昔からの尖沙咀風景。

Ocean Center

こちらは昔からあるオーシャンセンター。大理石をふんだんに使ったショッピングセンター。香港は街中がショッピングセンターだけあって、各所がそれぞれに集客努力をしている。オーシャンセンターは九龍でも昔からランドマーク的なショッピングセンター。それだけにいろいろと斬新なインテリア・デザインを取り入れている。箱(建物)の構造が限られているにもかかわらず、がらりと姿を変えるのには驚かされる。この写真の場所、30年以上前からあるって信じられますか。

2007年06月09日

香港(2) 変化

変化を求める僕らは、変化しないものを見て安心する。

My old neighborhood

又一村と書いて「ヤオ・ヤッ・チン」と読みます。

香港で最初に住んだところです。九龍の中心街からちょっと北に外れた閑静な住宅地という形容がぴたりと当てはまるところでした。中学2年生のときに、日本人学校のある地域に引っ越してから、一度も足を向けたことはありませんでした。

家族との夕食の待ち合わせの時間まで2時間ほどあったので、ふらっと又一村まで行ってみました。22年ぶりにみた又一村周辺は、ほとんど何も変わっていませんでした。

Kowloontong

通学路はそのまま通学路として残っていました。通学途中に桑の実を摘んだ木もそこにありました。閑静な住宅地は、閑静なままで、学校帰りに寄り道をして遊んだ公園のブランコでは、中学生が寄り道をして遊んでいました。

Neighborhood Park

変化の激しい香港で、あまりにも変わっていない又一村をみて、ノスタルジアとはちょっとちがう不思議な気持ちになりました。変わっていないものへの安心と、変わっていないことへの畏れがまざった不思議な感覚。変わっていなくてうれしいのか・・・。

変わらずにそのままあるものは、変化し続けることを成長と同一視することに疑念を持ち込む。そして、変わっていないものに安心感を覚える自分は、そのまま変わり続けてきた自分自身に内省をうながすようにも感じる。成長は変化をともなうけれども、無意識に変化を受容しつづけているのではなかろうかと、ふと思わされる。

22年ぶりに足を向けた町は、22年前とほとんどかわらずにいい町でした。それがどうにも釈然としないのが可笑しい。

香港(3) 金融広告

金融関連で2つ。

Jackie Chen

ダブルデッカー(2階建てバス)の横に見慣れた顔があると思ったら、ジャッキー・チェン(成龍)でした。北京オリンピック公式スポンサーのVISAカードの宣伝。香港のバスは走る広告塔ですが、全面広告が出だしたのは17~8年前のことです。当時は窓をのぞいた全面をペンキで塗っていたものでしたが大変なインパクトでした。

Pawn Shop

さて、街中でたまに見かけるこの看板。珠江をはさんだおとなりのマカオでは、カジノの周りのあちこちで見かけます。「押」の一時の看板は、日本で言うところの質屋のものです。マカオでは大通りに面して堂々と営業していますが、香港では看板は堂々としていますが店舗はわりと控えめに営業しています。

2007年06月12日

香港(4) 看板広告

よく知られていることです。

Street in Kowloon

香港の看板広告の豪快さのことです。テレビや雑誌などでもとりあげられたことが数知れずありますし、訪れた人なら誰もが写真に収める光景です。看板は、車道であれば2階建てバスの高さ(よりちょっと上)、そして歩道には2メートル以上の高さのところに建物から直角にのびています。私の身長が194センチですから、ちょうど頭の上を擦るかすらないかのところです。道路わきの交通標識と区別がつきませんが、交通標識は地面から垂直に立っています。慣れが必要です。

Downtown

香港に住んでいたころは、この看板広告に違和感や関心を持つことはなかったように思います。子供のころにも簡易カメラをもって写真を撮ったものですが、こうした看板に覆われた通りの写真を見た覚えがありません。フィルムカメラでしたし、お小遣いを貰っていなかったので、現像は両親にお願いしていました。ですから、よほど関心を引く対象にしかレンズを向けなかったのでしょう。当時の私にとって、林立する看板広告は、さほど関心を引く対象ではなく、単なる日常だったのだと思います。日常は「慣れ」の集大成で、慣れたものに関心は向けられないということです。

今回はデジタルカメラ。一回の充電で700枚ほども写真が撮れます。写真を撮るのも無料ならば、現像も無料です。看板広告の写真を2枚(も)撮っているのは、デジカメだからか、違和感からくる関心か・・・。その両方なのでしょうか。

子供のころからデジカメを持っていたら、そのフレームの先にあったものはどんなものだったのだろう・・・と、ふと思いました。見てみたいと思いませんか。

2007年06月13日

香港(5) 広告と日常

屋外の看板広告についてかきましたが、もうひとつ。

H&M Advertisement

久しぶりに香港に戻って目に入ったのは、巨大な側面広告です。日本でも大阪ミナミの道頓堀にあるグリコの看板などのように、巨大な側面広告を見ることがあります。ただ、香港はその数とサイズにおいて日本のそれを、優に凌駕したものでした。


Advertisement

最初の写真は、2008年に日本進出が決まっているH&Mの広告。店舗のうえを覆う巨大な広告は、モデルの女性の指だけでも大人の女性よりも大きいのがわかってもらえるかと思います。ですが、デザイン的なもののためでしょうか、そのサイズが気になることはなかったことが、不思議に感じられました。目を引くことは引くのですが、普通にそのまま通り過ぎてしまいそうな感じもありました。それが妙に不思議でした。

Advertisement on Building

2番目の写真は銅鑼灣(トンロウワン)SOGOの側面にある資生堂の広告、3番目はビルの一面を使った携帯電話の広告。どれもこれも巨大なのですが、そこにあまりいやらしさを感じません。芸術的とは決していえないような単純な広告なのですが、その場にいるとあまり気にならず、不思議と日常に溶け込んでいるようにさえ感じられました。香港が持つ日常を間接的に想起させてくれると思うのですが、如何?

2007年06月14日

香港(6) 故郷と原点

広東語では市場をガイシと言います。

Local Market

「市場」の漢字が、そのまま発音に当てはまらないことは直感でわかりますよね。ちょっと頭を働かせたら、「街市」という漢字だな…ということが思いつきます。自分が子供のときに耳で聞く音と、漢字をあてはめていたことを思い出しながら、外国語の習得はこういうことの繰り返しなのではないかと、ふと思いました。

Local Market

土日には母親と近所の街市によく行ったものでした。生きた鶏はもちろん、蛙や蛇などが路上で売られていました。売り子は、それぞれに大きな切り株のようなまな板で客の買ったものをさばいていきます。ですから、街市の空気にはなんとなく、血のような肉のような匂いが混ざっていました。グロテスクに感じるかもしれませんが、日本で魚屋さんが店頭で魚を3枚におろすのとそう変わりません。

Bra

日本人がたくさん住む地域のスーパーマーケットや、日系デパートで食材を調達していた知人友人の多くは、街市には行ったことがないそうです。うちの母は、新鮮なものが手に入る街市に臆することなく入り込んでいました。今風の言い方をすれば、”できるだけ”地産地消、炭素排出量がすくないECOな母ですね。ともかく、言葉も通じないところからはじめて、料金の見方や聞き方などを徐々に習得していったようです。

Market

荷物持ちとして母親に連れられていく街市は、私にとって楽しみなお使いでした。

先に言ったような匂いに加えて、たくさんの人の汗ばんだ感覚、香港特有の湿気がこもったような蒸し暑い空気、そして、そこに混ざるマンゴスチンやパパイヤ、ハネデューの甘い香り。ドリアンの強い香り・・・。そういったものが一緒くたになった場所が街市でした。見たこともないような果物や野菜、そして驚くような生き物が食材として売られているのをみつけると、興奮してみていました。母親が売り子との間で交わしている取引を見るのも、面白いものでした。ありとあらゆるものが一緒くたになった、資料集などで見た戦後のドヤ街や闇市を実際に見ているような、そんな感覚でした。

Market

振り返ると、あれが自分の原点なのかもしれません。

あるもの全てが異文化でしたし、観察することが、そこで起きていることを理解するためには不可欠でした。また街市に入り込むことは、当時の日本人社会で公然と交わされていた現地への偏見や斜視を、自分の目で客観視することにもつながりました。高級車に乗り、高級ホテルで食事をとるという生活にも恵まれました。ただそれだけでなく、汗と血とホコリにまみれ、人にもまれながら覗き見したカエルやヘビ、いま首を落とされんとしている鶏と、ごろりと転がった豚の頭、そういった生活を特別なものにしなかった両親には感謝しています。

Market

庶民的からかけ離れた特別な生活も、特別に貧しい生活も、特別何もない中流庶民の生活も、それぞれに「特別」という点において必ずしも好ましいものではないと思います。「文化資本」と「社会資本」という言葉にあるように、それぞれにあるそれぞれの様相を理解することは、社会を観察するに当たって、実は大切なことです。香港は、そうした機会を見せてくれた私の故郷です。そして、見せない(守る)教育よりも見せる教育を与えてくれた母親には感謝しています。

多謝

2007年06月17日

香港(7) 本物でも偽物

前回は、街市について書きました。

Street Market

昔の旺角(モンコック)街市は、合法・違法の販売台車が通りをうめつくした混沌としたものでした。混沌とした様子は相変わらずでしたが、違法台車がなくなっていました。

話を進める前に、違法台車での販売とはどういったものかの説明が必要でしょう。

Tropical Fruits

英国統治時代の香港では、時折、肝炎が流行しました。衛生上の理由からだと思いますが、食品の屋台販売は規制されていました。ただ面白いもので、販売のみが規制され、食品を乗せて屋台をひくことは法の範囲内でした。ですから、警察官が来ると屋台の上に布をかぶせて知らんふり、警察官もそれを知っていながら知らんふりをする光景がよく見られました。それでも厳しい検挙が時々あって、そのときには1~2台の屋台が犠牲になっている間に混雑した街市を屋台が駆け抜けていきます。どこにスペースがあったんだと思うほど、すばやく逃げていき、検挙が終わるとすぐに戻ってきます。こうした屋台が違法屋台ですね。

Street Markt 3

そうした違法屋台がすっかりなくなっていました。中環(チョンワン)の街市ではちらちらと見かけましたから、完全になくなったわけではなさそうです。旺角の街市はずいぶんと整備されたようで、肉類や野菜類は建物のなかで売られ、通りはほとんどが衣料品と雑貨に置き換わっていました。旺角が観光ガイドにも載るようになってから15年・・・。この間に、観光客向けに整備されたのかもしれません。

Sales Person

本物を見に来た観光客が、観光用に整備された本物をみて帰る。よくある構図です。香港を始め、京都、ハワイと観光地に住んでいましたが、どこでも見られる構図です。本物を観光用に整えることで、本物とはちょっといえない偽物(でも本物)が本物として鎮座する・・・。整えられた本物は本当に本物なのか・・・、視察などでも注意しなくてはならない一面です。

Seafood Store

旺角の街市は本物です。でも、ちょっと違った本物になっていました。マンゴスチンなどを売っている場所が、「果物屋」のようになっていたのに違和感をちょっと感じましたが、そこで売っているようすは子供のころと変わらない情景でした。

いいにおいもしたしね。

2007年06月20日

香港(8) バケーション

非日常を日常に。

A Man

スクールバスに乗り遅れた日が好きでした。

学校は香港島の山の上。自宅は九龍半島の奥。毎朝、自宅から15分ほど歩いた先のバス停から、スクールバスで学校に行っていました。当時は九龍半島と香港島をつなぐ自動車道は、海底トンネル1本だけでした。当然、毎朝大変な交通渋滞に巻き込まれ、学校に着く前にお弁当を食べれるのではないかと誰もがウキウキしていました。たいてい、定刻までには学校についてガッカリさせられましたが・・・。

そんなバスに乗り遅れた日は、両親に交通費を貰って学校に行きました。他の家の子は、バスに乗り遅れると、たいてい母親か運転手が運転する車で学校に来てましたが、うちはそういうことをしない家庭でした。

Star Ferry Pier in the Evening

九龍半島と香港島を分断するビクトリアハーバーを渡るのには、バス、地下鉄、フェリーの3つの方法がありました。バスの乗継が悪かったので、地下鉄で香港島まで渡り、そこからバスで学校に行くのが最も早い方法でした。当時の子供料金で4ドル程度(当時のレートで160円)だったと思います。

地下鉄は、トンネルでビクトリアハーバーを越えると料金が1ドル50セント加算されました。フェリーはたったの20セント(8円)でした。ですから、子供時分の私は、九龍半島突端まで地下鉄に乗って、そこからフェリーで香港島にわたり、バスで学校に向かいました。

Night View

親からは交通費全額を貰っていましたので、浮いた1ドル30セントのなかから、50セント(20円)で甘ーい檸檬茶を買ってフェリーで飲むのが楽しみでした。ものの10分程度ですが、フェリーに揺られながらぐんぐんと近づいてくる香港中環の摩天楼群を望んで飲む檸檬茶の美味しいことといったら・・・。ねえ。

そして残りの80セントで、親からきつく禁止されていた買い食いをしました。臓物を煮たものや、香港焼きそば、カレー団子など・・・どれもが一つで20セント~50セント(8円~20円)。80セントも持っていれば十分でした。お小遣いを貰っている友人は5ドル(200円)でお店に入って炒餃麺などを食べて自慢していました。当時はうらやましく感じたものでしたが、屋台物には詳しくなりました。時々おなかを壊して、親を不審がらせたと思いますが、もう時効ですよね?

今年、香港に戻ってみると、フェリーは2ドル20セントになっていました(下層は1ドル70セント)。地下鉄で行けば早く直通でたいていの目的地に行くことができますが、今回も私はスターフェリーでトロトロとビクトリア湾を越えました。当然、片手には檸檬茶を持って。ちょっと寄り道をする感覚ですが、私には、この寄り道こそがしっかり計画されたバケーションよりもずっといいバケーションなのでした。

写真:(上)スターフェリー船内、(中)夕暮れのスターフェリー埠頭(九龍半島側)、(下)スターフェリーと香港島の夜景

2007年06月25日

香港(9) 高層建築群

写真。

Victoria Peak View

ビクトリア・ピークからの風景。写真をクリックして、Flickerのページで見てもらえれば写真のメモ(解説)を見ることができます。上の写真にはいくつかのメモをつけてあります。

Most Scenic Escarator

すばらしい眺望を持つエスカレーター。

今まで見てきたなかで一番いい眺望をもつエスカレーターです。香港に住んでいたころは、どおってことのない山頂駅でした。ツアーの観光客がなかでお土産を買っていただけの場所でした。ところが、とってもきれいで魅力的な建物に生まれ変わっていました。屋上が展望台になっていて、そこからすばらしい風景を見ることができます。晴れた日の夜には、南の水平線上に南十字星を見ることもできます。

International Finance Center

国際金融センタービル

地上88階建てです。群を抜いて高いビルで、背景の山よりも高いのではないかと思わされます。ビクトリア・ピークからみると、ちょうど目の高さにビルの天辺がきます。あまりに大きくて、普通に写真を撮るとフレームに入りません。九龍半島から香港島の風景をとっても、このビルのために遠近感が狂ったような構図になります。

Old & New

ジャーディンハウス

香港在住当時はこのビルは最も高くて目立つビル群のひとつでした。1972年建築。高層建築のさきがけでした。丸い窓がこのビルに白眉の風格を与えています。今では林立する超高層ビル群に囲まれてこじんまりとしてしまっていますが、その美しさは他に見劣りません。中央、奥のほうにあるのは中国銀行ビル。

Skyscrapers

中国銀行(左)とチャンコン・センタービル(右)

三角形を組み合わせたようなビルは建築家、I.M.ペイのデザインした中国銀行ビルです。IMペイのデザインに共通する鋭利な側面を持っていますが、風水でみたときにイギリス資本を代表する香港・上海銀行を切り裂くような角度で立てられています。ずいぶんと話題になりましたが、このビルが私の記憶する香港で一番高いビルでした。いまでは・・・、はい、普通の高さに見えてしまいます。チャンコンセンターが、いい塩梅で映りこんでいます。

つづく

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