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2007年07月 ARCHIVE

2007年07月25日

香港:2階建て路面電車のこと

Destination
写真は香港の2階建てトラムの行き先案内板。上環行きです。2階建てのトラムは世界でも香港にしか無いそうです。どこまで乗っても統一料金(2ドル≒34円)で、香港島の下町を縫うように走ります。北角(ノースポイント)行きに乗れば、市場のなかをそれこそ潜り込むように進みます。トラムが近づくと、ギリギリのところで人がユックリと道をあける。

20年前に香港に住んでいたときの運賃は20セント(当時のレートで約8円)でした。バスや地下鉄の5分の1程度でしたし、電気モーターの音が心地よくて、トラムで行ける場所はほとんどトラムで行っていました。湿気が高くて暑くホコリっぽい香港ですが、全開にされた窓から入ってくる風は、どんな空調よりもさわやかに感じられたものでした。

この夏、久しぶりに戻った香港でもトラムに乗りました。空調のある最新型のトラムに時代の流れを感じましたが、まだまだ主流は内装が木製のトラムでした。とんとんと階段を上って、昔からお気に入りだった2階の最後尾(トラムは最後尾が楽しい)に腰をおろすと、すうっと暖かい風を感じました。車窓から騒がしく変化している街をゆっくり眺めていると、つよい郷愁を感じました。

Going up

2007年07月26日

香港:ピーク・カフェの記憶

Red Umbrella and Green Post
写真は、香港ビクトリアピーク(山頂)にある歴史的レストラン、「ピーク・カフェ」。借地権の更新ができずに2001年に一度閉店し、新しいオーナーのもとで同年末に、「ピーク・ルックアウト」と名前を変えて再開店したらしい。借地権の入札の際に歴史的価値などを考慮せず、単純に入札金額が高いものを優先した香港政庁には「拝金主義」との批判が多く寄せられたらしい。幸いなことに、外観とテラスは昔の趣を残したまま(内装が現代風になっていたのは残念)再開店されていたけれども、金銭で伝統が買い取られてしまう構造には何らかの対抗措置が必要だと改めて感じました。

私が始めてピークカフェに入ったのは14歳のとき。中学校のクラスアルバム用にピークから見た香港の写真を撮りに来たときに、父と二人だけで入りました。父と二人だけで過ごした時間というのは本当に限られていますから、まるで昨日のことのように覚えています。

京都に住む人が金閣寺に行くことが滅多にないように、香港に住んでいた私はピークには滅多に行くことがありませんでした。ところが父は、日本から商談に人が訪れるたびにピークに案内していました。仕事で何度も見た風景を見るストレスを、甘いものの好きな父は、ピークでお茶をすることで解消していたのかもしれません。ですから、私の写真に付き合ってピークまで行かされた父は、そのまま習慣どおりにピークカフェに入ってしまったのでしょう。

14歳。大人びたい年頃です。歴史的に有名なピークカフェに入り、糊がしっかり効いた白い執事シャツを着たウェイターが給仕をするのですから、大人の雰囲気を存分に感じたことを覚えています。生意気に「アール・グレイ」を頼み、立派な茶器に銀の茶漉しと一緒に運ばれてきたアール・グレイに砂糖をたっぷり入れて飲んだときの美味しかったこと!以来、アール・グレイは一番好きな紅茶です(もう砂糖は入れないけど)。

この夏に香港に戻ったときにも、もちろん行ってきました。テーブルクロスの白と木製家具の茶色を基調とした内装は、現代風のものに変わっていましたが、テラスの雰囲気は昔のままでした。もちろんアール・グレイを頼み、クラブサンドをつまみながら南シナ海をながめていると、20年の時間がゆっくりとほどけて昔の記憶が湧き出てくるのを感じました。こういう感覚を幸せというのかもしれません。

Peak House Garden

2007年07月27日

香港:魚と鳥のこと

Fish
写真は香港、旺角の市場の一角。観賞用の熱帯魚や金魚などを売っている。酸素でパンパンに膨らんだ袋には、マジックで魚の出身国(原産国だけど、出身国のほうが面白い)、種類、そして大きさが書かれている。商店の戸口は狭く、それぞれの魚の大きさや種類によって値段が違うので、観賞魚は水槽ではなく、袋に入れて壁一面に吊り下げられる。

20年ほど前の記憶では、茶色い籐の鳥籠がたくさんぶら下がっている通りもあったはずだが・・・見つからなかった。通りを覚えていないわけではないので、鳥通り(勝手にそうよんでいた)が無くなったのだろうと思う。そういえば、昔はそこかしこの窓辺に茶色の籐の鳥籠がかかっていたものだが、今回はそうした鳥籠をみることが無かった。

SIRSとか鳥インフルエンザの関係だろうか?市場でも生きた鶏やアヒルをさばいて売る姿を見かけなかったのも気になる。野菜くずや魚や豚の頭などが転がっていたりしたのもみられない。『衛生的』といえばそのとおりなのだけど、ちょっとさびしいと感じるのは変だろうか。

ちなみに下の写真は映月楼で食べた鳥の足。「鳳爪」といって、私の好物。コラーゲンがたっぷりで美容にいいらしい。私にはあまり関係が無いけど・・・。今回、母がこれを食べるようになっていたのには驚いた。昔は(見た目が)ゲテモノだと手もつけなかったのに・・・。これの美味しさを共有できたのはうれしいけれど、分け前が減ってしまった、ハハ。

Chicken Fingers

2007年07月28日

香港:バランスが肝要

Residence in Hong Kong
上の写真(クリックで拡大)、40階(+α)建てのマンションの上層部分に組まれている足場に気づいてもらえるだろうか。竹で組まれている。

情報番組などで時々、どんな高いビル建設でも竹で足場を組んでいく香港の職人を、驚きの目で紹介している。香港に住んでいた当時から当たり前に竹が使われていいるのを見ていたので、あまり驚きを感じたことは無かったけれども、写真にあるような足場にはちょっと仰天した。足場を組んでいるところを見ることができなかったのは残念だけど、どのようにして足場を組んでいったのかに興味がある。下の窓の部分から組み始めたのか、屋上から組み始めたのか…。自分が組むならばどのように組むだろうか。帰省中に母が朝食を用意している間、そんなことをじっと考えながら眺めていた。

ところで、金属のしっかりした足場ではなく、竹を使って高層建築の足場を組むことは実は理にかなっている。規格品のブロックをずっと高く積み上げていくことを考えてほしい。初めはしっかりしていても、ある程度の高さで非常に不安定になることに気づくだろう。これには、2つのブロックを組み合わせる結合部が、たくさんのブロックを重ねていったときにかかる力に耐えられないこと、そして単一に見える規格品にも若干の癖があることなどにその理由がある。つまり、2階建ての建物の足場用の規格品は、2階建ての足場としては優秀だけれども、3階建てや10階建てになると応用できないということ。

竹で組んだ足場は、金属のそれに比べて軽い。この足場の重量の差は高層建築の際に大きく現れる。さらに、竹は一本一本が規格外ということが最も重要な点だろう。規格外のものをその場の状況に合わせていく。そして、竹のしなやかさは合わされることを許容する。「合わせること」と「合わされること」が実は大切なんだということ。

社会性の問題にも似てると思う。個性は大切だけれども、状況に合わすことができない個性は社会性を崩壊させる。それぞれの特性を持った個人を無視した合わせ方しかできない社会組織は、暴力的な側面を持ち、個性を無視した規格偏重へと進むことになる。高い建物を立てることができない社会がそこに見えてくる。個性尊重と社会化の絶妙なバランスを求めることは、「言うは易し行なうは難し」。でも興味深いテーマだと思う。

さて、明朝からカナダに行く。ついでにビオレタの幼馴染とも会う予定。

Working

2007年07月31日

香港:麻痺した感覚

Porn Ad
高利貸金業と風俗産業は洋の東西を問わないようで・・・。

香港の繁華街を一歩はずれた通りのシャッターに貼られていた広告だが、日本の都心部でも見かける広告に類似している。貸金のビラがべたべたと貼られているところでは、貸金のビラだけが貼られている。ところが風俗のビラが貼られているところには、風俗に限らずに貸金業のビラも貼られているのが不思議。何かの力関係があるのだろうか。

こうしたビラを香港の表通りで見かけることはほとんどない。まったく無いとはいわないが、目だって貼られているようなことはまず無い。この点で新宿や池袋、御堂筋や心斎橋とはずいぶん違っている。大阪や東京の中心地で電話ボックスに入ると、あたりかまわずビラが貼られていて、目のやり場に困ることがある。それよりも公共の表通りに、貸金や風俗のビラが好き放題に貼られているのをみると、日本の品位を疑われることになっても仕方が無い。

そもそもこうしたビラを見て「商品」を求める人がいるのだろうか・・・と思うのだが、こうした手法が何十年も続いている現実を見ると、それなりの対費用効果があるのだろう・・・。これもまた自分にとっては不思議なことだ。

川崎に住んでいたとき、通勤途中の住宅街の壁一面にベタベタと風俗広告が貼られていた。深夜のうちに貼り付けていくのだろうが、惨めな風景だった。剥がしてもきりがないのだろう。糊の痕が残った壁が惨めだった。一昨年、資料調査で広島のアパートに2週間滞在したときには、3日に1度の頻度でアダルトDVDの折込がポストに入っていた。アパートの住民はそうした折込を床に捨てていくから、ヌードがいっぱい並んだビラがそこらじゅうに散乱していたのは酷かった。アパートの管理人がまとめて片付けていたようだが、雨の日にヌードが一面に並んだ折込が、ぬれた地面にピッタリと引っ付いているのをみたときには、あまりにも惨めなので妻と二人で片付けた。片つけていると、どうしようもないほど惨めになった。

たった2週間の短期滞在の我々でも気になって仕方が無いのに、そこに住む人が自分から何もしようとしないことには驚かされた。いや、そこに住んでいるから何もしないのかもしれない。感覚が麻痺を起こしているのだとしたら、短期滞在の我々が気になって仕方が無いことでも、気になることはないだろうし、そこに自覚が無い場合には、麻痺した感覚を責めることはできない。良識を訴えるだけでは片付けられない問題がそこにある。

・・・麻痺した感覚には、どのようにして気づくのだろうか。知らないという現実を知らない場合に、どのようにその現実を知るのか・・・。自分にとって面白い問いだと思う。

Loan

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