image

Back to Blog Index

 

space

« 2008年06月 | INDEX PAGE | 2008年08月 »

2008年07月 ARCHIVE

2008年07月08日

テレビの格差

P2260164.JPG

時々更新しています。

最近テレビを買いました。妻が日本に来るための準備です。衛星放送を受信できるようにしたら、BBCなどの番組を見ることができるようになったので、英語放送ばかりを見ています。英語のほうが伝わりやすいことを最近よく感じています。

論文なども英語で読むほうがはるかにすっきりと頭に入ります。私にとって英語のほうが日本語よりも使いやすいというわけではありません。ただ英語で書かれたものは、その意味が明確に示されており、要点がつかみやすいということです。

それにしてもテレビでも格差社会・・・だなと感じました。

地上波で放送されている番組が画一的で、面白みを感じませんでした。こんな番組ばかりならテレビなんて要らない・・・と思っていました。ところが衛星放送では多用な番組が展開しています。必ずしも十分とはいえませんが、報道、スポーツ、(基本的に好きじゃないけど)ドラマ、ドキュメンタリーなどの選択肢が多いことはもちろん、多様な視座から作られた番組がふんだんにありました。また、昔の番組がいろいろと放送されています。古いものでは初頭昭和50年代の番組がふつうに流れています。

これは、衛星放送を見ている家庭と、地上波だけしか見ることのできない家庭で情報量と質の格差が生まれるな・・・と感じましたね。

時間調整のため、ちょっとつらつらと思ったことを書いてみました。

2008年07月13日

航空券

P2260164.JPG

飛行機の絶対的な便数が少なくなっている。7月末~8月上旬にかけてアメリカに行くことに決定したが、航空券を手配して驚いた。2~3年前の3倍。24万円弱だ。びっくりした。NWの直販だと74万円。行きの座席がないために、ビジネスクラスをとらなくてはならないから・・・ということ。世界一周航空券が70万円程度だと考えると、なんだか釈然としない。

とりあえず、7月27日から8月6日までミシガンに行きます。よろしく。

2008年07月16日

下に合わせないでほしい

P2260073.JPG

下に合わせないでほしい。

配布物を読まない人がいるかもしれない。
必要なものを持ってこない人がいるかもしれない。
できない人がいるかもしれない。

誰もがもれることのないようにシステムをつくることは大切だと思う。
でも、それは機会の均等に限定するべきであって、
結果として誰もがもれないものにするべきではない。

一所懸命やるほうが、まともに行動するほうが損をする
そういうシステムは向上心を育まない。

読むべきものをよんでいなかったり、
持って来るべきものを持ってこなかったり、
そういう人でも、結果として漏れることのないシステム。
これは平等という名の不公平だ。

機会の均等、そして結果の不均等。
これが正しい競争社会のあり方。

機会の均等、そして結果の均等。
これでは向上心は生まれない。
主体性を持って取り組むことの意味が見えなくなる。

過度に人に優しいシステムをつくることは、
社会を崩壊させると思う。

2008年07月18日

誰がために死ぬか

P2150005.JPG

生きることにはたいした意味がない。
生きていることは幸運だけど、
そのことだけが大切なら、
人と動物には生きている意味の違いがない。

「みんなみんな生きているんだ~♪」
こんな歌があった。
生きていることだけが大切なら、
この歌は正しい。
そして人と動物が、
その生きている意味で同じなら
この歌は正しい。

ただ、人として生きるためには、
死ぬために生きるのではいけないと思う。

自分が死んだ10年後、20年後、
大切なものが大切に守られ、
未来を見て生きる人が、
また10年後、20年後の未来のために
一所懸命になることができる。
そのために生きる。

人の命は未来のためにある。

今日・明日のことを考えて生きるのなら、
そして自分の一生の枠内で生きるのなら、
そんな命は、人の命ではない。

自分の命は誰のためのものか。
誰がために死ぬか・・・
結局は、そういうことだ。

そうでなければ、
戦争や革命で命を落とした人たちは
何のために死んだというのか。

死ぬときに、
恥ずかしく生きたとは
思いたくない。


2008年07月22日

不完全燃焼

P2260093.JPG


受身なんだと思う。

他者による評価に依存する構図が見える。
他者の評価を超えたところで
自分を評価し、行動する意思が育たない。

このままでは先細りだ。

差別化が必要だと思う。
特別に優秀な人材を得ることができないなら、
特別に優秀な人材を育てればいい。

少数に集中した精鋭の育成。
アメリカ的だね。

凡庸とした受身の多数を、
須らく救済することは
確かに人道的かもしれないけれど・・・

そこにあるのは先細りだ。

凡庸とした受身の多数には、
凡庸とした必要最低限のものを。

そして余力を少数に集中し、
精鋭を育てる。


金は一粒でも光る。


この組織なら、
さらに向上することができる。
努力をすれば、
積極的に動けば、
自分で考えれば、
さらに向上することができる。
向上が認められる。

そういったディスコース(言説)を作らずに、
どうして優秀な人材や、
向上する人材や
行動する人材が得られるだろう。

じっと我慢で口をつぐむ。

言葉が
声の届くところより
先に行かないのに
発声しても仕方がない。

自分が動いて、届けるしかない。
無関心にだけは、なりたくない。

そういうこと。

2008年07月24日

不完全

night walk


システムは、
それが形成されている過程でのみ機能する。

形成されたシステムは
そのシステムが本来の目的としていたものを失い、
時に正逆の機能をもつ。

革命は、それに向けて進んでいる限り、
自在に変化し、建設的な提起を成し得る。
革命や社会運動が変化を拒む時、
そうした運動は瓦解する。

そして革命が達成したあとの革命家は、
その多くが自らの革命が否定した力をもって
新たな革命を抑制し始める。
革命が作り出した社会は、
それ以前の社会の作り出した抑圧を継承し、
新たな革命の対象となってきた。

作り上げないことが必要で、
不完全さの完全と、
完全の不完全さを愉しむ余裕がほしい。

不完全であるからこそ、
変革が可能になる。

そして、完全であることが、
変革を否定するベクトルを生むことを知っていれば、
不完全さの完全性を理解することができる。

不完全性を積極的に内包するシステムは、
問題が困難であれば困難であるほど、
柳のようにしなやかに、
変化し続けることができる。

柳のように、
根っこをしっかりと張って、
ゆらゆらと、自在に揺れ動く
そういう積極的に不完全なシステム。

批判や中傷は避けられないが、
そういうシステムこそが必要だ。


*ちなみに「不完全さの完全性」は、博士論文で論じている「流体的な知」の認識による唯物的知の構造批判と密接につながっている。

驚いた

frame


渡米前の準備をしている。

ミシガンにいたときの学籍を見ていると、
現在の肩書が、
ミシガン州立大学教育学部学部長付となっていた。

「専門職員」という肩書・・・

そうだったの?
いや、驚いた。
給料も貰ってないのに・・・

日本に帰ってみて、
アメリカの大学の優れた点がよく見えるようになった。

実行の速さ、失策を見直す潔さ、
そして人を使う上手さ。

功利主義が根底にあることは明らかで、
その汚さが嫌だったのも事実だけれど、
利益さえ犯さなければ、
そして利益を拡大させるように見せることができれば、
なんでも実行できた。

若狭、経験、肩書などは全く気にせず、
新しい提案ができたし、
批判もできた。

資本主義的功利性には、
虫唾が走ったけれど、
説明責任さえ果たせば、
自由に取り組むことができた。

大船に乗る羅針盤を持たない一般的マジョリティーと
小舟でも羅針盤を持っている行動派。
近年、バランスが悪くなってきたのは否めないが
いいバランスだったことに気付かされた。

市民権を持っていれば、
アメリカで生きることも考えたかもしれない。

でも、どんなに一所懸命にやっても、
最後は信用されない外国人。

さて、「専門職員」のこと。

アメリカらしい。
私に断りもなく、
使えると思ったものを、
肩書だけのポストにつけて
内部情報の共有ができるようにしてくれている。

どおりで・・・

いろいろとスムースに
事が運ぶと思ったら、
こういうことだったのね。

感心した。


space