愛情
2007年03月11日
ご馳走
シカゴダウンタウンの結構好きなコーヒーハウス。こじんまりとした空間で古臭いアメリカの朝食を食べることができる。朝は早いけど、午前11時を過ぎた頃にはもう閉まっている…そんな場所。

僕は身体的特徴もあって、どこのレストランでもすぐに覚えられる。そういうレストランではとても美味しく食事が出来る。人間的な関係があって始めて食事は美味しくなると思う。一人暮らしをすると、テレビを見ながら食事をするのは擬似であっても人がいないと美味しくないからでしょう?
どんな高級レストランでも、どんなに美味しいものでも、事務的に食事が出されると、餌を食べている感覚に襲われる。温泉旅館では仲居さんとのコミュニケーションがあるけど、与えられた役割のなかだけで話をする人だと辟易する。
愛想は要らない。ドンッと皿を置かれても一向に構わない。そこに人間を感じることが出来れば、それに勝る調味料はない。このコーヒーショップ。目の前でせっせと調理している人がいる。働く人の動きと、そこから出てくる空気の流れ。何でも美味しく感じさせてくれる。
2007年03月15日
コメディアン
僕の夢・・・コメディアンになることでした。子供の頃は、弟と漫才師になるといっていたこともありました。

コメディアンは悲しい人に向いています。その場にいる人をその場で笑わせるのならば、そうでないかもしれません。ただ、万人をうならせるような笑いを生むのは、悲しいコメディアンでしょう。
ここでの悲しさは、女性と別れたとかそういう悲しさではなく、もっと深淵で個人を超えたものです。叩かれたら痛い・・・別かれたら悲しいというのは、個人レベルの肉体的な悲しさです。私の言う悲しさは、人間を非人間的に変えていくものへ争(アラガ)いと、敗北や限界への人間的な悲しさです。
身体的な悲しさのコメディーはその場かぎりのコメディーでしかありません。タライが落ちて頭を打つ笑い・・・その奥になにがあるか・・・それがコメディーの作り出す笑いの深さに変化を作る。コメディーは悲しさへの処方箋だから、その悲しみが人間全体にわたり、深いものであるほど、多くの人に効きめをあらわすと考えます。
コメディアンは、鬼よりも冷酷に現実を観察し、仏よりも優しく人を信じていなくてはならないと思う・・・。私・・・うーん、凡人やね。
2007年03月20日
奴隷化
考古学をやっていました。大学時代のことです。

発掘作業についての知識もあります。測量も出来ますし、鏃や土器などを図面にとる方法も知っています。どれもこれも、同志社での学生時代に学びました。
じつは博物館の学芸員資格も持っています。寺社仏閣の建築様式や仏像の彫像年代を、区別することも出来ます。浮世絵などの版画から複数のオリジナルを作り出す手法や、木造彫刻の保存方法などについても勉強しました。

大学時代は、実に多くを学びました。地域の伝承や逸話も手当たり次第に読みました。青春18切符などを使って、四国や中越、九州などのそれまで縁のなかった土地に行って、野宿をしたりしながらいろいろと観察しました。大学の講義で学んだものや本で読んだもの、また逸話の数々が現実の生活の中に生きているのを見つけて感動したり…と、実に有意義な学習経験を持ちました。
アメリカの大学で教鞭をとっていて気の毒に感じるのは、学生の「学習内容」がすべてシラバスで規定されていること。また、強制出席によって、学生はいついつに何処にいなくてはならないと、その居場所まで決められていること。さらに、学生と教員の関係も、プロフェッショナルなものに細かく規定されていることでしょうか・・・。Hello!と簡単に挨拶するので、学生と教員の距離が一見近く見えるものの、学生と喫茶店などでじっくり話し合うなんてことはめったにありません。学生と教員の距離は、見た目よりもずっと遠いのは残念なことです・・・。双方が訴訟などを恐れていることがその背景にありますが、それよりも評価され、評価されることによってしか学習成果が感じられないという「学習環境」が大きく影響していることは、明らかです。
自らの行動を自らで評価できない・・・精神の奴隷化とはこうした些細なところから始まるのかもしれないな・・・と考えさせられます。
2007年04月01日
人喰人と不眠症
人喰人は不眠症に悩む。

以前にもどこかで書いたけど、事故などによる不幸な出来事以外で殺人を犯すことはまずないだろうと思う。「人を殺すことは悪いこと」というのが通常のモラル。戦争やテロなどの暴力で殺人が行われるときには、つねに対象(敵)を非人間化するレトリックがともなう。人間でない、または人間とみなさないというレトリックは殺人を殺人でなくしてしまう。現在はそんな歴史経験からまだ抜け出せていない。
殺人を犯そうなどと考えたことは一度もない。それだけに、もし自分自身が殺人を犯してしまうと、周りの他者が殺人者に豹変しないという保障が霧消してしまう。誰もがすでに殺人を犯しているかもしれず、また誰もが殺人者になり得る。そんな精神的環境におかれたら、きっと発狂してしまう(もう遅い、という人もいるけどね)。
人喰人は不眠症に悩んでいる。既婚の人喰人ならなお更だ。夫婦喧嘩のあと、先に就眠するわけにはいかない。先に寝込んだが最後、翌朝のメニューにならない保障はどこにもない。殺人を犯すことはないだろう・・・というのは、不眠症にはなりたくないのもひとつの理由。
悪い冗談?そうかもしれない。けど、人間関係のなかで考えられる、浮気や裏切り、詐欺や嫉妬などの色々な悪い行いにもあてはめることができる。悪いことをしている人の人相がすさむのは、自分のしてきた行為が人を信じられなくしているからだろう。日本に帰国したとき、町行く人の人相がとげとげしいものになっているのを感じた。結構色々なところで人喰人が増えているのかもしれない。
2007年04月03日
なんぼのもんや
点数・成績・そして学位ねー。

どのような教育を受けたのか、どのような教養を持っているのか・・・学位はなんにも示さない。GPA(平均成績)もどれだけの教養を得たのかを示すものではない。でも、いまどきの学生は課題を出した教員が何を求めているのかを、まず知りたがる。教育は神経衰弱になっている。教員が講義で出した札を旨く組み合わせ、教員の耳に心地よいことばを並べる。そうした作業を学生が「学習すること」と考えているのは、学生のつかうレトリックを紐解けば自ずと見えてくる。知識(真実)は追求するものではなく、教官がもっているものだという認識は、「被抑圧者の教育」でフレイレが説いた「貯蓄型教育」と、それによる抑圧構造への主体的吸収を思わせる。
学生は自由に考えることを薦められてはいる。ただ、自由に考えた結果が報われるとは限らない。意見の違いは、下手をすると懲罰的な仕打ちを招くこともある。特定他者からその時々の「評価」を求めている限り、自由な思考を実践することはリスクが大きいばかりで見返りが少ない。教官の耳に心地のよいことを言っていれば、懲罰的評価を受けることはない。あるクラスではポストモダン主義を主張し、別のクラスではカチカチの構造主義を主張する。多重人格者も顔負けするような技能を身につけた学生の多いこと、多いこと・・・。
学位記を壁にかけるのは辞めたほうがいい。学位は実際に何を学んできたのかを示すものではないのだから。できることなら博士やPh.D. の称号で自分の名前を修飾しないほうがいい。それらの称号は多くの時間とお金をつぎ込んだことしか示さないのだから。自分の持っているもので自分を語るのは下種だ。何をしているのか、何をしてきたのかで自分を語りたいとおもう。(英語版のエントリーから翻訳し、加筆添削のうえ掲載)
2007年04月04日
フワフワの時間
2007年04月06日
「春望」
2007年04月08日
女性の皆さんへ
あまり本気にしないでください。

お願いだから、答えがひとつしかない質問はしないでください。お願いだから、答えを求めないのならそういってください。お願いします。お願いします。お願いします。
鏡の前で「どう?」と聞かないでください。何を言っても信じてくれないのですから。それと、「ちょっと太ったかしら」と聞かないでください。どう返事していいのか・・・。何を言っても信じてもらえないこの気持ち、分かりますか?他の女性を指して「あの人って本当にきれいよね」とか、「あんな人と一緒になれたらいいでしょう?」って言うとき、私に何を求めているのですか?
質問に答える努力をするのが私の習性です。「どうしたらいい?」と聞かれれば、「こうしたらいいと思うよ」とわかる範囲で答えます。「こんなことがあったのよ、酷いと思わない?」といわれれば、「気持ちは分かるけど、あんたも悪いところがあるんじゃない?」とバカ正直に分析してしまったりもします。昔の彼女にも「女心がわからない人ね」といわれましたが、全くそのとおり・・・。「わかりません」といったら笑われました。今まで何度洒落っ気に救われてきたことか・・・。
だからお願いです。ただ話を聞いてほしいときには、最初からそういってください。「どうしたらいいと思う?」から話を始めないでください。ただ聞いてくれといわれれば、私だってできます。「どうしたらいい?」と聞くから、一所懸命に対処方法を考えるのです。一所懸命に取り組んだことが「女心がわからない」で片付けられたら、それは悲しすぎます。でしょう?答えがひとつしかない質問や、答えてはならない質問をしないでください。特に、「あの人ってきれいよね・・・」。これだけは止めてください。「女心」の理解を求めるのなら、「男心」をわかってください。わかっていないのにわかってるって言わないでください。わかっていないから理解を求めているのです。最後にもうひとつ。私たちははあなた方に仕えるためにいるのです。信じてください。
そうは言っても、ビオレタとのあいだでは理解ができています。「質問」はポンポンと飛んできますが、面と向かってきちんと話をはぐらかします。そしてビオレタもはぐらされながらも理解をしてくれている(はずです・・・希望的観測)。
2007年04月13日
夫婦写真
2007年04月14日
想像の危機:価格破壊について
裕福とはとてもいえない。

この2~3日、航空運賃の新たな価格破壊についての報道がつづいた。日本からヨーロッパへ1万円台。ロンドン―ニューヨーク間1600円(10ユーロ)などの路線を計画しているライアン航空。徹底したコスト削減でヨーロッパ全域をカバーするイージージェットなど。
顧客を貨物と同様にあつかい、全てのサービス(付加価値)に課金する資本原理主義的なビジネスモデルは、それを支持する人が多いからなりたつ。個人的には好まない傾向だ。しかし、その是非を論じても建設的な議論にはならない。
問題の本質は、「徹底的なコスト削減」が何を生むかということ。特定企業による大胆な価格破壊は、その業界全体の価格破壊につながる。業務体質の無駄を限界まで省いたあとに、人件費や更生福利費がコスト削減の矢面にたたされることは、過去の事例からも明らかだ。
医療保険が削られ、安定した仕事環境を奪われた労働者を尻目に価格破壊を歓迎するなんて暴挙が、どうしてできようか。誰にも家庭があれば子供や年老いた両親がいる。子供が熱を出したとき、両親に介護が必要なとき、医療保険も安定した労働環境も奪われた人たちにどうしろというのか。

自己責任が資本原理主義的に提唱されると、若く、元気で、資本を持つ個人を中心とした社会を生む。自分の懐が痛まなければ、他者(労働者やその家庭)がどうなろうがかまわない。自分は1600円でヨーロッパ旅行を楽しむ・・・なんてことは、社会に住む人間としてとうていできない。
私はとても裕福とはいえない。それでも、価格破壊されたものに嬉々として手を出すようなことは「社会」に住む人間として拒否したい。極端な価格破壊に対してはNOといわなくてはならない。自己主義は、いずれ自分を否定する他者の自己主義による、自らの破壊につながる。この定理に気づくだけの想像力を持たなくてはならない。そして我々の未来を決定する子供(次の世代)の想像力を、危機感をもってはぐくまなくてはならないと考える。
2007年04月17日
非日常を日常にすること
中西部、地方都市を歩く。

ランシング市はミシガン州の州都。町の中心部に議事堂があり、その周りを議員事務所や行政施設が取り囲む。そこから数分も離れると閑散とすさんだ町並みが広がり、麻薬や売春で知られた地域になる。道は広くて明るいけれども、誰も歩いている人がいない。学生が襲われた(?)という小さな事件も、何度も耳に入ってきているだけに、多少の緊張感をもって歩かなくてはならない。ただ、言うほど危険ではない。日常から一歩でるときに、緊張感を持たなくてはならないのはどんな場面でも共通していること。
歩くことでたくさんの事を発見できる。遊歩道や高速道路も含むアメリカの道路が何を見えなくしているかということが特によくわかる。たとえば、ダウンタウンの活性化プロジェクトの一環で作られた川沿いの遊歩道。貧困地域を通り抜ける場所では、遊歩道の周辺に木々が植えられている。また、その地域から遊歩道に入るための入り口がない。貧困地域を感じることなく、中産層がジョギングをしながら通り過ぎる。

大通りも、車で通るだけでは気づかないものがたくさん見える。壊れたガラスの破片、手入れのされていない歩道、枯死した街路樹、軍隊への勧誘チラシなど。車でサッと通り過ぎるだけでは気づかない色々なものが見える。そして一歩貧困地域を外れるとがらりと様子が変わる。
ランシング市(議事堂を中心として南部)の場合は、ペンシルヴァニア・ストリートがひとつの境界線になっている。ペンシルヴァニア・ストリートを越えると、芝生は緑色になり、街路樹の間隔も狭くなり、公道は掃除がされていて、リカーショップのような店がなくなる。道路一本で、中産(下)階級地域と低所得者地域の境界線がはっきりと分かれている。
中産(下)と中産(中)の境目は、東ランシングに入る127号線周辺、そして中産(中)と中産(高)の境界もはっきりと分かれている。車で高速や大通りを走るだけではなかなか見えないこうした格差は、歩いてみることではっきりと見えてくる。歩いているときの周囲の空気も違って感じるから不思議だ。

子供の頃に似たような経験をしたことがある。人民公社がまだあったころの中国からイギリス統治下の香港へ戻ったときに感じた空気の変化・・・。国境を歩いてわたるときに肌で感じた空気の違いに似た感覚を、アメリカの町を歩くときに感じる不思議な感覚・・・。自らの日常の外にある日常は、日常に埋没した感覚を呼び起こしてくれる。こうした感覚を意識的に持つことを大切にしたい。
2007年04月18日
危機管理(ミシガン州立大学の場合)
大学の危機管理システムについてローカルの新聞がとりあげていた。

アメリカでは全国版の新聞社は少ない。日本と同様に、若年層での新聞の購読人口は減少している。それでも、壮年層の多くが、地域に密着した報道をするローカル新聞を購読している。Lansing State Journal もそうした地域紙のひとつ。バージニアでの事件を受けて、早速、ミシガン州立大学の危機管理システムについて朝刊が報じていた。あまりにも知らないことばかりだったので、簡単に紹介する。
ミシガン州立大学を管轄する警察署は、「逆110番」に相当するシステムを運用している。今回のような事件が学内で起こると、警察から該当地区の全ての固定電話に録音メッセージを同時発信することになっているらしい。建物の特定のフロアだけに発信したり、学内全体に発信したりと、対象を細かく設定できると書かれていた。
また、大学内で似たような事件が発生することを想定した訓練もしているということだ。実際に大学の建物を使用して、模擬訓練も行っているとかかれていたが、実際の訓練の様子を見たことはない。夏休みなどの人の少ない時期にやっているのかもしれないが、こうした事件を想定した訓練が行われていることに、いまさらながら驚かされた。
一番驚いたのは、大学南部に緊急時のための地下指令センターが作られているということ。おそらく冷戦時に核シェルターを併用するものとして作られたのだと思うけど、その存在自体をはじめて知った。驚くべきものではないのかもしれないけれども、昨日のような事件の際に、この地下指令センターが使われることが想定されているということに、不思議な驚きを感じた。
さて、その他の報道は大学の対応がスケープゴートになって、当初にみられた銃規制の議論は急速に見えなくなってきている。変化が起こるかと期待したものの、また特異点として事件がとらえられる方向に進んでいるように見える。まあ、あまり多くは書かない。
追記: 9時半の大学の記者会見で、犯人は韓国籍在住外国人と発表された。これまでのケースをみても、留学生を取り巻く環境に必ず何かしらの変化がでてくる。言動に注意をし、空気を観察していく必要がでてくるかもしれない。中国のページを見ると、当初、中国人留学生による犯行と報道されていたことに憤怒しているものが少なからず見られる。陰謀説なども持ち出されているが、気持ちはよくわかる。英語のBLOGには、すでにいくつも韓国人の国民性を十把一絡に侮辱して、事件を解釈するものがでている。数時間前までは、中国人を侮辱したものだった・・・。いずれにせよ、色々なことが派生しそうな空気がある。
追記2: Resident Alien は米国永住権を持つ外国籍の人で、犯人は韓国籍の米国居住者・・・。日本で報道されているような韓国人留学生ではない。犯人は米国に8歳のときから居住している。また、一部の報道で英語を勉強している韓国人留学生とされているが、英語学専攻は英語を勉強するところではない。日本で言うところの国文学、広義では人文学に相当する。今回の事件で、如何に報道がいい加減かをつくづく感じる。
2007年04月24日
je vous remercie
フランスのテレビニュースを見ている。

本来ならNHK国際放送の時間。大学の放送局が頻繁に放送時間を変更するので、ここ数日はフランスの放送を見る羽目になっている。当然、フランスとヨーロッパが中心の報道姿勢だけれども、中東からの放送はパレスチナに近い報道姿勢をとっていて興味深い。日本の報道にエンターテイメントが入る前のニュースに似ている。
耳が慣れているルーマニア語と同じラテン系のことばだからかもしれないが、意外と分かるのが面白い。話せといわれて話せるものではないけれども、一所懸命に聞くとなんとなく聞きとれてくる。これ以上外国語を習得するつもりはないけれども、分かり始めるときの楽しさは数学に共通したところがある。 Merci Beaucoup.
2007年04月27日
見えてるけど見えない
格差社会の一面を紹介しましょう。

写真はランシング(ミシガン州都)のオールドタウン。寂れているけど、味がある。昔日はこうした建物が目抜き通りに並び、活気もあったことだろう。街が寂れ、古い建物が取り壊された後の目抜き通りは写真にあるように所々に建物が残っているだけになってしまっている。
ここ数年のアメリカでは郊外化へのアンチテーゼが起こり、30代の子供の居ない中産階級層が都市部に戻ってきている。フレンズやサインフェルドなどのニューヨークのダウンタウンを舞台にしたシット・コムの影響が背景にあることは無視できない。都市回帰をする若い世代が、こうした古い建物の再活用をして転入していたけれども、最近は物件不足で古い建物に似せた新しい建物が建てられ始めていて面白い。

もうひとつ興味深いのは、転入者が30代の独身か子供の居ない家庭だということ。都市部の学校は貧困層や黒人などのマイノリティー層がまだまだ多く、教育サービスが十分に整備されていない。こうした公共サービスの点での社会格差が、子供の居る家庭の都市部への流入を妨げている。平等の建前の下での明白な格差の存在への暗黙の了解があることが分かる一例です。
2007年05月01日
忘れないということ
何を恐れるか。

死はそれなりに怖いものだけれども、人は死そのものをそれほど恐れてはいないと思う。誰だって明日には死ぬかもしれないし、死が不可避だということを知っている。死をもって(命を呈して)何かを護るということもあるし、またそれが美談として語られたりもする・・・。そういった死そのものを、人はそんなに恐れてはいない。
人が死を恐れるのは、自らの存在と存在したという事実が忘れられるかもしれないという点にあるのだろうと思う。子供を作れば、子供が自らが存在した印を遺してくれる。墓を作れば、自らの存在した印が死後にも残る。名を成せば、多くの人が自らの存在を認識してくれる・・・。人は、記憶されるために生きているのかもしれない。
こうして考えると、人が人として人にできる最大のことは、認識し、記憶することなのだと思う。存在をそのまま認識し、その存在を記憶し続けること・・・。易しいようで、実に難しい。
学期末を迎え、学生が担当していた地域の児童にさよならを言うときが来た。学生は、彼らが担当した児童の現実を変えることのできないまま、ふつうの大学生としての日常に戻る。この現実に限界と罪悪感とを感じる学生が多く、罪悪感を感じないように指導をするのがこちらでの一般的なやり方・・・。
でも、こうした罪悪感は煽ったほうがいい。罪悪感を積極的に認識して、困難な現実を背負った児童とその現実を記憶しつづける。罪悪感にたいして不感症にするのではなく、感じたものを積極的に認識して記憶し続けることから、自分で考え、他者の問題を共有することのできる教員が育つとおもう。
一人ひとりを認識すること。そして一人ひとりを記憶すること。人が人にできる一番大切なことは、忘れないという意志とその実行だと思う。
2007年05月19日
観念論と似非科学と妄想と
凄惨な事件が報道されてますね。

それも毎日のように次から次へと・・・。でもね、事件そのものよりも報道姿勢と言説に注意してみると、凄惨さの源泉(社会的な共通項)が見えてきますよ。
報道でも教育再生会議でも観念論が幅を利かせてますね。娯楽も報道番組も、似非科学(エセカガク)に何の疑問もはさむことなく、テレビから流れています。怖いことですけど、その怖さにも気づいていないのではないかと思います。
観念論では問題の本質がどこにあるのかという認識や、それへの具体的方針をたてることはできません。アメリカで学生によく注意している「道徳言説(Moral Discourse)」というのがここでの観念論にあたります。「~すべきだ」というのは、「~がされていない現実」の原点を見ることがなくても主張できるところに危険性がありますね (注:必要と有効は違う)。
似非科学がそれに拍車をかけています。細木というおばちゃんとか、血液型占いとか、特に専門性を持たないコメンテーターのだす行動心理分析とか・・・。この怖さに気づかないのは、社会が鈍感なのか、私の妄想なのか・・・。妄想であればいいのだけど・・・ね。
あ、写真はビンの底。「ノゾク」のって、どこか面白いでしょう?犯罪にならないようなやつのことだよ。何かを通してみるという点で、哲学的な思考に共通するところがあると思うんだけど、どう?今日のエントリーと関係付けた写真なんだけどね。
2007年05月23日
万引き
お願いだから幻滅させないで。

所用があって大阪までいってきました。街中は相変わらずにぎやかで騒々しく、やたらと増えたパチンコ屋やゲームセンターが街に垂れ流される騒音に拍車をかけていました。
残念だったのは、小一時間ほどの間に万引きを2回見たことです。
最初に見たものは、60~70歳ほどだと思いますが、女性がプリンスメロンをかばんに入れた現場でした。万引きは商品を持って店舗を出たところで成立します。ちょうど店内だったということと、お年寄りだったので何もしませんでしたが、なんとも心地の悪い思いでした。
次に見たのは鶴橋駅のKIOSKでした。50歳前後の会社員がKIOSKからおにぎりを2つ。しばらく雑誌を見るようなふりをした後、立ち去ったので呼び止めました。「支払いをしてください」というと、ビクッとしてから、「あっ」と言って支払いをしに行ってくれましたが、大変残念な気持ちになりました。
盗らなくては生きられない、お金がまったくないというのであれば仕方がないところもあると思います。それは、弱者を保護しきれていない社会的な問題だと考えることができるからです。規則(法律)は守らなくてはいけませんが、規則を外れることが多くの人(他者)の利益のためであるのならば、責任を認識した上で規則を破ることは必ずしも非難できないと思います。自分のためだけに規則を破るのは、どうひっくり返しても公正とはいえません。司法裁判は、こうした前提に基づくものです。
今日、見たものはどちらもたった200円程度・・・。子供ではなく、社会的な責任を持たなくてはならず、子供の見本ともならなくてはならない大人でした。KIOSKの従業員は、商品の数が合わないことで余計な労働をしなくてはなるでしょう。こうした万引きが増えると、信用を基にした業態は、疑念を基にした業態に置き換えられることでしょう。そして大人の万引きを見た子供は、私よりもずっと残念に思うかもしれません。
日本に一時帰国してから1週間がたちました。この間に、幻滅するようなことばかりを目にします。何とかしたい・・・と強く思うと同時に、これ以上私を幻滅させないで・・・と言うのが心の底から出てくる気持ちです。
2007年07月28日
香港:バランスが肝要

上の写真(クリックで拡大)、40階(+α)建てのマンションの上層部分に組まれている足場に気づいてもらえるだろうか。竹で組まれている。
情報番組などで時々、どんな高いビル建設でも竹で足場を組んでいく香港の職人を、驚きの目で紹介している。香港に住んでいた当時から当たり前に竹が使われていいるのを見ていたので、あまり驚きを感じたことは無かったけれども、写真にあるような足場にはちょっと仰天した。足場を組んでいるところを見ることができなかったのは残念だけど、どのようにして足場を組んでいったのかに興味がある。下の窓の部分から組み始めたのか、屋上から組み始めたのか…。自分が組むならばどのように組むだろうか。帰省中に母が朝食を用意している間、そんなことをじっと考えながら眺めていた。
ところで、金属のしっかりした足場ではなく、竹を使って高層建築の足場を組むことは実は理にかなっている。規格品のブロックをずっと高く積み上げていくことを考えてほしい。初めはしっかりしていても、ある程度の高さで非常に不安定になることに気づくだろう。これには、2つのブロックを組み合わせる結合部が、たくさんのブロックを重ねていったときにかかる力に耐えられないこと、そして単一に見える規格品にも若干の癖があることなどにその理由がある。つまり、2階建ての建物の足場用の規格品は、2階建ての足場としては優秀だけれども、3階建てや10階建てになると応用できないということ。
竹で組んだ足場は、金属のそれに比べて軽い。この足場の重量の差は高層建築の際に大きく現れる。さらに、竹は一本一本が規格外ということが最も重要な点だろう。規格外のものをその場の状況に合わせていく。そして、竹のしなやかさは合わされることを許容する。「合わせること」と「合わされること」が実は大切なんだということ。
社会性の問題にも似てると思う。個性は大切だけれども、状況に合わすことができない個性は社会性を崩壊させる。それぞれの特性を持った個人を無視した合わせ方しかできない社会組織は、暴力的な側面を持ち、個性を無視した規格偏重へと進むことになる。高い建物を立てることができない社会がそこに見えてくる。個性尊重と社会化の絶妙なバランスを求めることは、「言うは易し行なうは難し」。でも興味深いテーマだと思う。
さて、明朝からカナダに行く。ついでにビオレタの幼馴染とも会う予定。
2007年08月02日
みすてられるもの

暑い日が続いている。昨日は34度、今日は35度。湿度が高く、コンクリートの照り返しで焼けるようだ。香港に住んでいたころは、この程度の暑さはなんとも無かったと思う。まあ、たいていどこでも冷房がついていたということもあるのだろうけど、そんなに暑いと感じたことは無かったように思う。
ヨーロッパは猛暑らしい。ルーマニアの知人は、地面の表面温度が摂氏75度になったといっていた。地面に置いたフライパンで、3分で玉子焼きができたというから相当なものだ。店頭からはクーラーが完全に無くなり、取り付けに1ヶ月以上待つことが当たり前という。ルーマニアの義父母の集合住宅は、チャオシェスク政権下で義父の手によって建てられている。通常の建物よりも壁が相当に分厚く、室内は盛夏でも地下室のようにひんやりとしていた。ただ、今年の猛暑にはなすすべも無いらしい。
EUに統合されてからというもの、相当な額の外資が流れ込み、首都ブカレストは建設ラッシュだという。またEUへの通貨統合も追い討ちをかけ、物価が何倍にも跳ね上がっているらしい。こちらの生活を心配して何も行ってこないけど、共産時代からの年金で生活している義父母にとって、生活がますます難しくなっていることは疑いの余地が無い。ビオレタと話して、2000ドルほど送ろうと工面をしているけれども、物価の高騰に追いつくかどうか・・・。いずれにせよ、毎月なんらかの形でしっかりと送金できる体制にしなくてはならない。
こうしてみると、日本人に生まれて、それなりに裕福な家庭に生まれた自分は恵まれているとつくづく思う。親の経済的な心配をしなくてもいいということは、なんと恵まれたことだろう。そして日本の社会が戦後60年以上ものあいだ、革命などの大きな変化も無いままに来たことはある意味、とても恵まれていることなんだとわかる。
ルーマニアは革命後の頭脳流出、産業構造の変革、価値観の転換・・・などを経て、現在また、EUへの統合に伴って生活観の変化や新しい価値観、産業構造が入り込んでいる。若い人口はこうした変化に適応し、チャンスをつかんでいくこともできる。ただ老・壮年人口には厳しい現実だ。一所懸命に働いて、子供を養ってきた結果がこれだと、どうもやるせない。
現在の日本では、若者中心の政策提言がされたり、若者中心の消費活動が奨励されていたりしているように見える。政党のメッセージもイメージも「若さ」を前面に出している。ただ、「若さ」を単純に追求することは危険をはらむことを自覚しなくてはならない。社会は若さだけで成り立っているのではないし、若さだけが社会を活性化してきたのではないことをもっと明白に認識しなくては、刹那的な若さに応じるだけの社会を生みかねないのではないだろうか。
2007年08月11日
紙でできた車
トラバントの広告。何年前のものだろう。
ルーマニアに妻の実家を訪れたとき、トラバントが現役で走っているのをみて興奮した。トラバントを知ったのは、冷戦時代のこと。特殊加工をした厚紙で作られた本体は、水にも浮く。エンジンが壊れたらボートになるといって、バカにされていた。中学生のころの話。
周りが雑誌を囲んで共産圏の紙でできた車をバカにしているなかで、トラバントに電気エンジンを積み込んでみたい・・・と考えていた私は、そのころからちょっと変わっていたのだろう。当時の電気エンジンは非力だったので、水に浮くくらい軽量のトラバントならうまく走るのではないだろうか・・・と「妄想」していた。
以来、トラバントは自分のなかでフェラーリよりも何よりも一番格好いい車、ほしい車だった。そんな片思いの車の実物に出会えたばかりか、現役で街を走っていた・・・。もう、信じられないものをみたという驚きと、捜し求めていた人にあったような感動で、胸がいっぱいになった(大げさじゃなくて・・・)。
妻の両親の住むビルの下の駐車場にも、1台のトラバントがとまっていた。毎日、窓から惚れ惚れと見下ろしていた私の目は、恋する少年の目だったとおもう。共産時代の東ドイツのボロ車を、羨望のまなざしで見る私をみて、変人だと義父母に思われなかったのは幸いだった。
走る環境破壊という別名を持つ車だけに、EUに編入されたルーマニアで見かけることもなくなるだろう。それ以前からも、排気ガス規制でトラバントの車両登録は規制されていた。それでも残っていたのは、トラバントは容易に改造できる車だったかららしい。
改造といっても、私が考えているようなエンジンの交換などではない。ましてや、暴走族などがするような改造などでは全くない。身体に障害を持つ人が運転するための改造が、一番簡単に安くできるのがトラバントということらしい。車の内部を見たらすぐにそれがわかる。単純なアクセルとブレーキ構造、何もついていないシンプルなハンドル構造・・・。棒と紐でも改造できるんじゃないかしら、とおもわされるようなシンプルさ。
いつか、トラバント用の電気エンジンを作って、積み込んでみたい。
2007年08月16日
「平和憲法」討論の退屈さ

戦後62年・・・。日本は平和になったのだろうか。あまり観念論的なことを書くつもりはない。観念論だけで平和になったとか、平和ではないなどを語ったところで、自己満足以上の何かが見えてくるとは思えない。
平和を豊かさに置き換えてみると考えやすい。
どういうときに豊かさを感じるかという設問をよく見かける。しかし「どういうとき」という設問への応答は、どうしてもフェノメノロジカル(Phenomenological 現象学的)で空虚な結論しか導き出さない。「どういうとき」という問いに対する答えは、どうしても「こういうとき」という現象や状況ごとの事例になる。これらの事例は千差万別であるし、主観的であるために一時性(暫時性)をもつ。その時々に変容する思考を概念化することは難しいし、そもそも概念化を求めた設問ではない。
概念化を求める設問ばかりを有効な設問とするつもりはない。会話をするのであれば、多様な表象を提示することに限定したものが有効だろう。また、主観的観点に限定した討論であれば、観念論的な認識をみることが可能になる。
ただし、(これは他の多くのことでも同様だが)、問題に対して一つの観点からのみ議論がされると、どれほど優れた議論や分析であっても、そこから派生する議論は非建設的なものになってしまう。これは、問題に対してアプローチする視点、そのものが内包する矛盾や前提にたいする分析の完全なる欠落、そして欠落そのものへの完全な忘却があることに因がある。
先の豊かさの設問について考えると、「どういうときに豊かさを感じるか」という設問だけでは足りない。「何を豊かさとするのか」という設問をもとに、豊かさの概念を考えるための設問を組み合わせると、観念論の先が見えてくる。ここで大切なのは、何を豊かさとするかという設問だけをすればよいということではないこと。どちらか一つだけを問えば、そこから出る議論は観念論で終わる。この二つの設問を組み合わせることではじめて、議論を観念論に執着させている前提を考える素地がうまれる。
(つづく)
2007年08月20日
応答責任(平和憲法について)

終戦(敗戦)記念日に放送されたNHKの討論番組、「日本のこれから」を家族が見ていた。こうした討論番組はあまり好きではない。正しく書くと嫌いだ。討論が嫌いなのではない。討論番組が「討論」それ自体を放送することを目的として、討論が目的とする「結論」を目的に設定していないためにおこる空虚な論議に辟易とする。
簡単に言うと、討論を見世物にしている「討論番組」には、討論は存在せず、そこにあるのは「中傷」でしかない。
討論は結論を導き出すことを前提としている。その場にいる人の意見がすでに統一されている場合において、討論は意味をもたない。件の「討論番組」であっても、異なる意見を持つグループを参加させていることからも、討論は意見の異なるものの間で交わされるという認識はすでに共有されているといえる。
異なる意見をもつ他者とのあいだに、お互いに合意可能な共通認識を形成する場合においては、他者の主張を認識することから始めなくてはならない。この点においても、「討論番組」は異なる意見をもつ発言者に水を向けるなどの方法で、ある程度の必要条件を満たしている(ずいぶん大目にみてはいるが・・・)。
しかし、十分条件を満たしてはいない。
異なる意見を聞くだけでは十分ではない。異なる意見を理解する必要があり、異なる意見をもつ他者を尊重する姿勢が欠けてはならない。ここで言う尊重とは、言葉遣いや聞く姿勢を指さない。他者の意見が形成される背景(論拠)の理解に努めるという具体的努力をもって、「尊重」としている。
一つ例を挙げよう。
平和運動家の発言で、「世界の平和のためならば、国家利益(国の安全)のことなどはどうでもいい」というものがあった。この発言をした時点で、当該の平和運動家は「討論」への参加資格がない。国家利益の観点から主張している他者の意見を「どうでもいい」と無視するのであれば、それは討論への参加拒否の表明になる。討論の「討」の面ばかりを強調すると、他者否定の「論」が横行する好例だろう。
討論の相手が「国家利益」を論拠にしていることが明確になっているこういった場合、世界平和が如何に国家利益に結びつくのか・・・などと、相手の論拠に「応答」すること(応答責任)が討論においては必要になる。この場合の「応答責任」は、高橋哲哉が提唱する「応答責任」としての戦後責任論とは性格が異なる。討議作業においての応答責任は、討議に参加する権利に付随する義務的責任という性格を持つ。
自分の意見を声高に叫んだり、他者の論拠を否定することばかりに集中した討論は、すでに討論ではない。他者の尊重が出来ない場合、その個人の討論への参加資格は失効する。これは決して一方的な暴力的ではない。社会存在(討論が公正に行われる環境)を破壊する個人が、その社会における権利の全てを失効するということは、社会(討論)がそこに共存する個人の保全を目的としている前提において公正となる。
(つづく)
2007年12月04日
撮らなかったもの 1
2007年12月10日
撮らなかったもの 2
2008年01月08日
撮らなかったもの 3
2008年01月10日
信用してない
2008年01月12日
完全な愛
2008年01月15日
愛について
2008年01月19日
愛について(その2)
2008年01月20日
英語の問題
2008年01月23日
あかんたれの恥知らず
2008年01月28日
存在と冒険
元同僚と元生徒と会った。そのときにちょっと話したこと。
存在(ある)と非存在(ない)はどちらが先か。
非存在を存在のない状態としてかんがえるのは、存在がない状態として非存在が定義されることからも明らかだろう。ただし存在がない「状態」として非存在が認識されているということは、非存在が「存在」するという認識になる。要するに存在の認識をすることなしに非存在の認識はありえない。
3次元の世界に生きる私たちは2次元の世界(平面)と4次元の世界(空間に時間軸を足した世界)を想像することができる。しかし、1次元の世界(点的な世界)や0次元(非存在の世界)は「存在」を前提とする私たちの脳のキャパシティーを超える。非存在の世界は、想像することさえもできない世界。創造した時点で非存在は存在を前提としたものにならざるを得ない、そして非存在は存在によって理解することはできない。
非存在を前提に存在を考えることもできない。「0」の発明が数学的に画期的なのは、それが非存在を私たちの認識に存在させたからである。非存在は理解できない。ただし非存在へのアプローチを軽視することにつなげてはいけない。理解できないということと、理解を放置することは異なる。
冒険の対象はまだまだたくさんある。現世的空間から智の領域に冒険の対象は移っている。地の世界の冒険を無意味とする人のなんと多いことか・・・。


















